2018年01月16日

カマトト

 今の物件に住むようになって今年で12年目になるが、その頃から自分の部屋にはテレビがない。必要ないからだ。だから、ドラマやバラエティー番組はこの12年、いや以前に遡りそれこそ20年以上観ていない。観る気にもならない。もともと自分は芸能人などに興味を持てない性分なのだ。

 PCも自宅に居るときはほとんど起動しない。こうしたブログ更新の際にWordを使うときぐらいか。その際参考のため“嫌々”ネットにアクセスすることがある。トップページはYahooなのだが、そこには必ずといっていいぐらい動画広告が張り付いてくる。これがウザい。

 石田ゆり子という人がいる。いくら芸能人に疎くても名前ぐらいは知っている。この人が出ている缶コーヒーの動画広告、あれが苦手なのだ。だから出てきたらすぐに“×”をクリックする。

 別に石田ゆり子本人は好きでも嫌いでもない。ただ、いい歳こいたオバハンにああいうキャラを演じさせる、「オトコなんてその大半がバカでマザコンだから単純に引っかかってそいつらのフトコロから簡単にカネを巻き上げることができるだろう」という、庶民をナメくさりコケにした“あっち側”のそのもくろみのあざとさ。それが鼻に付くのだ、不快になるのだ。参考のため“嫌々”ネットにアクセスすると…、やはり皆単純に引っかかっているではないか!…。

 その昔、奇しくも同じ缶コーヒーのCMが端緒となり癒し系キャラとしてブレイクしたタレントに飯島直子という人がいた。自分は、あの“安らぎウンタラカンタラ”というのが大嫌いでジョージアは一切買わなかったし、会社の同僚との酒席では、あのCMに潜む欺瞞を何度も批判・断罪した。結果は皆にただ失笑・嘲笑されるだけだったが…。 

 “癒しの女王”飯島直子がその後どういう人生を歩んだか? 今更ここでそれを細かく書きはしない。ただ、石田ゆり子も飯島直子同様に“バケの皮”が剥がれるときが来ると断言しておこう。それがいつなのかはわからんが…。

 2014年9月9日・火曜。勤め帰りに地元「大」で独酌。酒は、瓶ビール(キリン秋味)・黒ホッピーセット。つまみは、串焼きメニューからつくねを塩で2本・みつばのおひたし・絶品肉豆腐・さんま塩焼き。締めて2,660円なり。お通しの内実は家計簿に記載なし、不覚。この晩はホッピーの“中”をおかわりしていなかったのだな、珍しい。

 今日のお題は“カマトト”にする。もう一度書くが別に石田ゆり子本人を嫌いなワケではない。あのカマトトキャラを支持する求めるだけで決して与えようとしないいつまでたっても自立できないマザコンオトコどもの身勝手で甘ったれた根性が嫌いなだけである。
ラベル:大 みずほ台店
posted by 彦左小路郎 at 17:01| Comment(0) | 埼玉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月07日

年始禁酒

 禁酒をしている。今日で4日目になる。

 そんなつもりはさらさらなかった。勤め先の仕事納めは2017年12月29日。翌30日はおなじみの川越市「大将」でWebスクール時代の盟友・遠藤さんと呑み、大晦日の31日は朝霞台の「庄や」で我が人生の尊師・飛鳥 翔氏と呑んだ。

 元日はしんみりと過ごす。行きつけの“ドトール”で飛鳥氏からいただいた「鴨川ホルモー」(万城目 学著・角川文庫)を読み耽り、帰宅後はすき焼きをつまみに【菊正の純米樽酒】を呑んだ。2日は大宮の氷川神社で恒例の初詣をとみずほ台駅の改札をくぐった…、までは良かったのだが朝霞台駅にて人身事故発生、FUCK!! 『やめだ、やめだ、もうやってらんねぇ!』と駅ビルの“ちよだ寿司”にて納豆巻きやら海老握りやらを買い込み、それらをつまみに【山形の純米酒・銀嶺月山】を呑んだ。

 正月休み最終の3日は、『今日こそ初詣を』と再び東上線に乗り込んだ…、までは良かったのだ。しかし、柳瀬川駅を過ぎたあたりで唐突にそれはやってきた…。

 猛烈な胃痛に襲われたのだ。

 鉛の固まりが腹の中をころげまわっているような、普通に息を吸ったり吐いたりにすら支障をきたすような重苦しさ。こんな痛みに苛まれつつ、大宮までなんてとてもじゃないが行けやしない。

 急遽予定を変更し志木駅で下車し、しばらくカフェでじっとしていようと、夏目漱石の「二百十日・野分」(岩波文庫)を駅ビルの旭屋書店で購入。“シャノアール”で『二百十日』を読みながら嵐が過ぎるのを待った…。

 2014年9月5日・金曜。勤め帰りに新富町「駒忠」にて独酌。酒は、瓶ビール・生貯蔵酒・トリスハイ2杯。つまみは、たこ刺し・さんま刺し・むぎイカ一夜漬け・鯨の竜田揚げ。お通しはあさりの佃煮。締めて3,450円なり。

 禁酒とともに自炊を再開。ちなみに昨晩の献立は、玄米入りご飯・メンチカツ・ミックベジタブルとマッシュルームの玉子炒め・おろし入り納豆・大根と油揚げの味噌汁・ひじき煮・りんご半分。こういう規則正しい生活が身体にも経済的にもいいことは重々承知しているのだがさていつまで続くことやら…。

 今日のお題は“年始禁酒”にする。
ラベル:築地 駒忠
posted by 彦左小路郎 at 04:54| Comment(0) | 首都圏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月01日

年末禁酒

  家計簿の記帳を続けていると妙な事実に気付く。

 10年前の今時分のことである。自分は、ナイタイ出版でキャバクラ専門誌「ベストクラブ」の編集に携わっていた。ちょうど会社の経営状態が芳しくなく給料の遅配が続いていた時期である。それまでとかく誌面作りに関してなんやかんやと無理難題をふっかけてきた会社の上層部は、給料をろくに払えていない負い目があるのか文句ひとつ言わなくなっていた。なので、ろくでもない縛りがなくなったぶん自分は温めていた企画を次々に実現できた。金銭的なことを抜きにすれば編集者として一番充実していた頃でもあった。

 そんな状況の2007年12月に、16日から24日の9日間に渡り自分は禁酒しているのである。23日のメモ欄には“新記録!”とコメ印付きの記載もある。つまりそれまでは一週間以上酒を断ったことがなかったということでもある。

 16日から24日というと店舗取材も終盤に入りそろそろ入稿に専念しなければという時分である。家計簿の詳細を見れば、17日には、八王子の「てんや」でカメラマンと食事をし、別のカメラマンとは地元みずほ台の焼肉屋「喜家」で食事したという記載が残る。

 つまり、17日は八王子ともう一軒別枠の撮影が重なり、自分は八王子のそれに同行したということなのだろう。そして、別枠撮影を終えたカメラマンの車で地元まで送ってもらったねぎらいの意味でその彼に焼肉をふるまったということなのだろう。その彼とはオカヤンこと岡田さんである。

 あの大酒呑みの岡田さんと焼肉屋に入る。それなのに自分は酒を一滴も口にしていない。これはいったいどういうことだろう? …。 岡田さんとは、翌18日にも新宿三丁目のとんかつ屋で食事をしている。家計簿には1,400円支出との記載も残っている。つまり、店舗取材もしくはキャスト取材がそこまでずれ込み、自分は入稿があって現場に立ち会えないので岡田さんに単独で撮影をお願いしたということなのだろう。そして編集部に戻った岡田さんと晩飯を食ったということなのだろう。

 ちなみにその日自分は齢42になった。10年前の誕生日をここまで克明に記憶しつつ思い出せもするとは…。あな恐ろしや家計簿、である。

 手元には、その時分それを作るため締め切りに四苦八苦していた「ベストクラブ」2008年2月号がある。今パラパラと誌面をめくってみてもその完成度の高さに驚嘆する。カラー(グラビア)で“見せて”、モノクロ(記事)で“読ませ”、確実に“魅せる”媒体に仕上がっている。特に写真の素晴らしさったらない。誌面作りに協力してくれたカメラマン一人ひとりの笑顔が脳裏に浮かぶ。オカやん・池田さん・河野さん・田原さん・土井さん…。懐かし過ぎて涙が出る…。

 話しを戻す。なぜ、2007年12月16日から24日の9日間に渡り自分が禁酒していたのか? その答えが、もとい答えらしきものが、正月だからと奮発したすき焼きをつつきながら酒を呑みつつ読み進めたそのベスクラ2月号の“編集後記”の中にあった。

『年末進行の超絶入稿作業に追われ一週間強全く呑めなかったオレ。12月25日深夜、ようやく4Cの単担当ページをすべて校了させる。クリスマス、外の冷え込みは厳しい。印刷所の目と鼻の先に所在する居酒屋の暖簾をくぐり瓶ビールを注文。最初の1杯を呑み干す。美味い! 五臓六腑にホップの苦みが染み渡る。つまみはカキフライにサーモン刺し。1Cは完全に手付かず。翌日には下版が控えている。…。呑もう。』

 そういうことなのだろうか。

2014年9月3日・水曜。勤め帰りに地元「大」の暖簾をくぐり人心地付く。酒は、瓶ビール1杯・黒ホッピーセットの中いちおか(わり)。つまみは、串焼きメニューからはつを塩で2本・照り焼きチキン・コロッケ。お通しは筑前煮。締めて2,310円なり。

 今日のお題は“年末禁酒”にする。家計簿の記帳を続けていると色々な発見があり妙な事実に気付く。
ラベル:大 みずほ台店
posted by 彦左小路郎 at 23:20| Comment(0) | 物書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする