2018年01月30日

小室偉大

 もう10年以上前になる。別ブログで小室哲哉についてふれたことがある。

 居酒屋の有線で聴いたglobeの曲に酔いが醒めた気分になり、小室ミュージックの素晴らしさを再確認し、今こそ小室哲哉を再評価すべくその偉大さを説く。そんな内容であった。

 その更新から、今日までの間に、本当に色々なことが小室哲哉にはあった。本人にもその周囲にも。

 ここでそれらの出来事を細かく書きはしない。ただ、そういった出来事が積もり積もって出た例の“引退宣言”。あれには正直動揺したし、まるで自分のことのように僕を落胆させた。

 音楽への意欲にもう身体が追い付いてこないことを引退の一因に小室さんは挙げた。確かにそれはあるだろう。だが、僕には、自分の作品に時代が“いつまで経っても追い付いてこれず”今の音楽シーンと小室さんの存在が完全に乖離してしまっていることの徒労感が何より大きいのではないかと思えたのである。

 振り返れば、日本の音楽シーンの中で1990年代中盤(1993年〜1997年)というのはとてつもなく幸福な時代であった。高い商品性を持った音楽と高い芸術性を秘めた音楽が、美事といっていいくらい奇蹟的に合致していた。楽曲の完成度はそのままセールスに直結し、今聴いても惚れぼれするほど素晴らしい名曲が普通に市井に流れていた。小室さんのglobeやtrf・安室奈美恵&スーパーモンキーズ(MAX)・華原朋美・dos。B’Z・チャゲ&飛鳥・ミスター チルドレン・スピッツ・ラズマタズ…。他にも挙げたらきりがないくらいに。
 
 1997年7月、自分は諸事情から一度ナイタイを退職した。以降紆余曲折あり、バレンタイン コールというテレクラに辿り付く。夜中の8時から翌朝5時までの遅番勤務…。店内には常時有線放送が流れ、様々なミュージシャンの新曲・ヒット曲が否応無く耳に飛び込んでくる。それまで洋楽一辺倒で邦楽になど目もくれなかった自分は、そこでシーンを席巻するいわゆる”小室サウンド”に目覚めた。目から、いや、耳からウロコが取れたようだった。小室さんのメロディメーカーとしてのクリエイティビリテイー・アレンジャーとしてのセンス・プレイヤーとしてのテクニック・リリカルな詩世界。何もかもが本当に素晴らしかった。

 当時ハマっていたキャバ嬢がまた小室さん好きでその彼女からglobeの2ndアルバムを借りた。これがまた凄かった…。そこには、EL&Pの『恐怖の頭脳改革』とレィディオヘッドの『OKコンピューター』の融合があった。もう”J-POP”どころではない、完全なそれも滅茶苦茶カッコいい最新型の“ROCK”があった。

 1998年から1999年にかけてその飛躍に加速が付く。そしてそれは2000年以降明確になる。ゼロ年代小室さんの才能は“芸能”を超えてしまう。つまり大衆に向けたPOPを超えてしまったのだ。やがて、そのサウンドは、“それ自体がメッセージ”でもあるROCKに到達する。いや、小室さんのキャリアはバウワウが結成した覆面バンド シルバースターズから始まったのだから、小室さんはROCKに還っていったと書こう。小室哲哉はやはり根っからの“芸術”家だったのだ。

2014年9月13日・土曜。勤め帰りに新富町「駒忠」にて独酌。酒は、瓶ビール・角ハイ2杯・菊正ぬる燗2合。つまみは冷奴・真イカの一夜干し・つぶ貝刺し・マグロ山かけ。串焼きメニューから鶏正肉をタレで2本。お通しはエリンギ煮。締めて3,950円なり。

 今日のお題は“小室偉大”にする。たとえ誰が何を言おうが、僕の小室哲哉に対する思いは変わらない。小室さんが自分の才能のすべてを賭けて取り組んだglobeの初期4枚は、そのどれもがROCK史上に輝く名盤である。すべての洋楽ファンが“買って”聴くべき作品である。
ラベル:築地 駒忠
posted by 彦左小路郎 at 16:03| Comment(0) | 首都圏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月16日

カマトト

 今の物件に住むようになって今年で12年目になるが、その頃から自分の部屋にはテレビがない。必要ないからだ。だから、ドラマやバラエティー番組はこの12年、いや以前に遡りそれこそ20年以上観ていない。観る気にもならない。もともと自分は芸能人などに興味を持てない性分なのだ。

 PCも自宅に居るときはほとんど起動しない。こうしたブログ更新の際にWordを使うときぐらいか。その際参考のため“嫌々”ネットにアクセスすることがある。トップページはYahooなのだが、そこには必ずといっていいぐらい動画広告が張り付いてくる。これがウザい。

 石田ゆり子という人がいる。いくら芸能人に疎くても名前ぐらいは知っている。この人が出ている缶コーヒーの動画広告、あれが苦手なのだ。だから出てきたらすぐに“×”をクリックする。

 別に石田ゆり子本人は好きでも嫌いでもない。ただ、いい歳こいたオバハンにああいうキャラを演じさせる、「オトコなんてその大半がバカでマザコンだから単純に引っかかってそいつらのフトコロから簡単にカネを巻き上げることができるだろう」という、庶民をナメくさりコケにした“あっち側”のそのもくろみのあざとさ。それが鼻に付くのだ、不快になるのだ。参考のため“嫌々”ネットにアクセスすると…、やはり皆単純に引っかかっているではないか!…。

 その昔、奇しくも同じ缶コーヒーのCMが端緒となり癒し系キャラとしてブレイクしたタレントに飯島直子という人がいた。自分は、あの“安らぎウンタラカンタラ”というのが大嫌いでジョージアは一切買わなかったし、会社の同僚との酒席では、あのCMに潜む欺瞞を何度も批判・断罪した。結果は皆にただ失笑・嘲笑されるだけだったが…。 

 “癒しの女王”・飯島直子がその後どういう転落の軌跡をなぞっていったか? 今更ここでそれを細かく書きはしない。ただ、石田ゆり子も飯島直子同様に“バケの皮”が剥がれるときが来ると断言しておこう。それがいつなのかはわからんが…。

 2014年9月9日・火曜。勤め帰りに地元「大」で独酌。酒は、瓶ビール(キリン秋味)・黒ホッピーセット。つまみは、串焼きメニューからつくねを塩で2本・みつばのおひたし・絶品肉豆腐・さんま塩焼き。締めて2,660円なり。お通しの内実は家計簿に記載なし、不覚。この晩はホッピーの“中”をおかわりしていなかったのだな、珍しい。

 今日のお題は“カマトト”にする。もう一度書くが別に石田ゆり子本人を嫌いなワケではない。あのカマトトキャラを支持する求めるだけで決して与えようとしないいつまでたっても自立できないマザコンオトコどもの身勝手で甘ったれた根性が嫌いなだけである。
ラベル:大 みずほ台店
posted by 彦左小路郎 at 17:01| Comment(0) | 埼玉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月07日

年始禁酒

 禁酒をしている。今日で4日目になる。

 そんなつもりはさらさらなかった。勤め先の仕事納めは2017年12月29日。翌30日はおなじみの川越市「大将」でWebスクール時代の盟友・遠藤さんと呑み、大晦日の31日は朝霞台の「庄や」で我が人生の尊師・飛鳥 翔氏と呑んだ。

 元日はしんみりと過ごす。行きつけの“ドトール”で飛鳥氏からいただいた「鴨川ホルモー」(万城目 学著・角川文庫)を読み耽り、帰宅後はすき焼きをつまみに【菊正の純米樽酒】を呑んだ。2日は大宮の氷川神社で恒例の初詣をとみずほ台駅の改札をくぐった…、までは良かったのだが朝霞台駅にて人身事故発生、FUCK!! 『やめだ、やめだ、もうやってらんねぇ!』と駅ビルの“ちよだ寿司”にて納豆巻きやら海老握りやらを買い込み、それらをつまみに【山形の純米酒・銀嶺月山】を呑んだ。

 正月休み最終の3日は、『今日こそ初詣を』と再び東上線に乗り込んだ…、までは良かったのだ。しかし、柳瀬川駅を過ぎたあたりで唐突にそれはやってきた…。

 猛烈な胃痛に襲われたのだ。

 鉛の固まりが腹の中をころげまわっているような、普通に息を吸ったり吐いたりにすら支障をきたすような重苦しさ。こんな痛みに苛まれつつ、大宮までなんてとてもじゃないが行けやしない。

 急遽予定を変更し志木駅で下車し、しばらくカフェでじっとしていようと、夏目漱石の「二百十日・野分」(岩波文庫)を駅ビルの旭屋書店で購入。“シャノアール”で『二百十日』を読みながら嵐が過ぎるのを待った…。

 2014年9月5日・金曜。勤め帰りに新富町「駒忠」にて独酌。酒は、瓶ビール・生貯蔵酒・トリスハイ2杯。つまみは、たこ刺し・さんま刺し・むぎイカ一夜漬け・鯨の竜田揚げ。お通しはあさりの佃煮。締めて3,450円なり。

 禁酒とともに自炊を再開。ちなみに昨晩の献立は、玄米入りご飯・メンチカツ・ミックベジタブルとマッシュルームの玉子炒め・おろし入り納豆・大根と油揚げの味噌汁・ひじき煮・りんご半分。こういう規則正しい生活が身体にも経済的にもいいことは重々承知しているのだがさていつまで続くことやら…。

 今日のお題は“年始禁酒”にする。
ラベル:築地 駒忠
posted by 彦左小路郎 at 04:54| Comment(0) | 首都圏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする