2014年11月09日

野菜酒肴

 6月7日・土曜。勤めが早上がりだったので、行きつけの「大(ビッグ)」みずほ台店で人心地つく。酒は黒ホッピーセットの中いちおか(わり)・ビッグ ハイボール2杯。つまみは串焼きメニューからハツとつくねを塩で各2本。他は、ほうれん草のおひたし・ゴーヤのおひたし・ナス焼き。お通しはひじきの煮付け。締めて2,940円なり。上手く廉価に呑めたと思う。

 僕が「大」を愛好する理由の一つに、野菜を使った酒肴が豊富だというのがある。旬の食材を、素材の旨味を殺さぬように手間ひまかけて供してくれる。また、それらは、時期や仕入れ状況によってあったりなかったりする。なので、手書きのメニューから見つけたときは多少値が張ろうが頼むことにしている。まぁ、ほとんどが適正価格だしね。

 早いもので今の仕事を続けてもう半年になる。まさかここまでやれるとは思わなかったので自分でも驚いている。最初は持って3か月ぐらいだと踏んでいたからだ。しかし、わからないことや覚えなければならないことは依然多い。まだまだ暗中模索といった感はする。一方でだからこそやり甲斐があるとも言える。野菜や果物の世界は奥が深いと痛感する。

 今日のお題は“野菜酒肴”にする。
ラベル:大 みずほ台店
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2014年11月10日

内野ビル

 昼の12時。それが今の仕事の始業時間である。終業は曜日によって夜11時を過ぎてしまうこともしばしば。まぁ、ナイタイ時代から体内時計が完全に夜型化している身ゆえ、このシフトはかえってありがたかったりする。自分にとって早寝早起きほど辛いものはないのだからして。

 6月9日・月曜。今夜も夜11時過ぎに終業のタイムカードを押し、職場から最寄りの地下鉄・新富町駅まで歩き有楽町線に乗った。同線は、急行も準急もないまがうかたなき“こだま”状態。地元まで優に1時間半はかかる。つまり、東武東上線・みずほ台駅にたどり着いたころにはすでに日付が変わっているということである。

 午前0時30分。車内からみずほ台駅のプラットホームに出て、駅のトイレで用を足し手を洗うついでに鏡を見る。いつもその瞬間に出るのだ、今まで溜め込んだ1日の疲れがどっと…。職場におけるネガティブな出来事の数々が脳裏を駆け巡る。葛藤・自責・逡巡・悔恨…。そんな気持ちのまま帰宅する気になどとてもなれず、さりとて、こんな時間に暖簾を掲げている呑み屋などない。

 そういうときにありがたいのが駅西口最寄りにそびえる内野ビル。1Fのマクドナルドが目印の同ビルは、その他にもスナックやショットバー・カラオケバー・キャバクラに韓国エステ等などが軒を連ねる複合レジャー施設である。とんかつ屋にラーメン屋・和食屋など昼飯時に重宝する飲食店も多数テナントに入る、近隣住民(特に男性)にとってなんとも頼もしい存在なのだ。

 幅広く奥行き十分なこのビル、マクドナルドの右隣りにはラーメン屋「くらら」がある。自分は、そのまた右隣りにあるやはりビル内の細い通路を入る。さっきも書いたように、通路を挟んで、様々な呑み屋・飲食店が袖看板や暖簾を掲げる。この中の一軒が「福ちゃんラーメン」。ママさんが基本一人で切り盛りするこぢんまりとした中華料理専門店であり、近隣のバーやキャバクラで遊んだ客の“しめ”に対応すべく午前3時まで営業を続けている。

 引き戸を開ける。正面の厨房を囲んで逆“コ”の字口カウンターが連なる。カウンター奥には小上がり(小座敷)もある。自分は、この小上がりがお気に入りで空いていれば必ずそこに座る。カウンターからではどの位置でも視界に入ってしまうテレビがここだと完全に死角になっているからだ。浮世の憂さを晴らすための酒席に浮世の垢をまぶそうとするテレビは要らない。ピンで呑むときはあくまで自身と向き合う。それが僕の流儀である。
 
 深夜である。これからやって来るであろうバーやキャバクラ帰りの酔客もいない。場内は閑散としている。靴を履いたままたたき(通路)に足を投げ出し、小上がり(座敷)に腰を下ろし、壁にもたれ、背後から聞こえるテレビの音声をラジオ代わりにつまみを晩飯代わりに酒を呑む。やがて、葛藤も自責も逡巡も悔恨も酔いにまぎれほぐれ溶けて消えてゆく。少なくともその場に居るときはそう感じられる。ネガがポジに反転する。時折交わすママさんとの会話がまたいい肴になる。仕事疲れを癒してくれる。

 酒は中瓶ビール1本・角ハイボール2杯・ホッピーセットの中いちおか(わり)。つまみは餃子・ピータン・手羽先。締めにチャーハンセットを頼み総額3,190円なり。

 今日のお題は“内野ビル”にする。
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2014年11月13日

軽く一杯

 “赤提灯で軽く一杯引っかける”。そんな呑み方に憧れがある。自分でもそれを実践しようと暖簾をくぐる。しかし、一杯のつもりが二杯になり、それが三杯目になるころには“軽く”という意識がどこかに飛んでしまう。いきおい、長っ尻になりほろ酔いを通り越して泥酔。二日酔いの不快感と自己への嫌悪感で、翌日は少なくとも午後4時ぐらいまでは鬱っ気を引きずることになる。

 6月12日・木曜。勤めを終え、地元駅に降り立ったときプラットホームの時計に目をやる。まだ夜10時半に達していない。「大(ビッグ)」ならば小一時間はゆっくりできるだろう。やるか…。

 もうすぐラストオーダーなので長っ尻は不可能。持ち合わせも乏しく、財布を開けば中味は2,000円ぽっきり。つまり、必然的に“軽く一杯引っかける”呑み方しかできないことになる。

 暖簾をくぐりカウンターの4番卓に肘をつく。お通しはポテトサラダ。これは意外に日本酒に合うので冷や(常温)で一合をとも思ったが、費用対効果を考えてここは黒ホッピーセットを注文。串焼きメニューから砂肝も塩で2本頼んだ。

 定職に就き電車に揺られる日々が再び始まってから9か月が過ぎた。定職に就くということは定収入が得られるということでもある。少なくとも当座の生活の心配はこれでなくなった。

 一方でそれと引きかえに失ったものもある。読書する時間・思索する時間・表現する時間。表現する時間とはつまりブログを更新する時間である。

 フリーライターで食いつないでいた頃は金の無い代わりに時間はたんまりあった。古本屋で購入した夏目漱石や志賀直哉を近場のカフェで読み耽る。当然そこからは様々なことが学べる。何を見て、何を感じ、何を取り入れ、何を咀嚼し、何を捨て、何を血肉化するか。

 もちろん単語も学べるし文章も学べる。だからブログの更新にも熱がこもる。2011年〜2013年のブログは、ライヴドアだろうがFC2だろうが、このシーザーだろうが客観的に読んでも面白い。

 いい文章を書いて生活の糧を得て、その達成感を肴に酒を呑み明日への活力を養う。そうやって続く生活が理想だし、そこにいい音楽(音学)があれば文句はない。でも今は(この更新分だってだれだけの時間差があることか)…。

 焼酎中をおかわりし、ほうれん草のおひたしをつまみに呑み干し勘定を済ませてレシートを貰う。退店は夜11時25分。締めて1,400円なり。
 
 今日のお題は“軽く一杯”にする。これなら明日は爽快…ならいいが。
ラベル:大 みずほ台店
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2014年11月16日

13日金曜

 6月13日・金曜。

 呑むつもりはなかった。

 なのに、どうしても呑まなければならない夜というものがある。この日がちょうどそんなときだった。

 電車が止まったのだ。

 東武東上線の某駅間で人身事故があったという。お客様救出やら現場検証やらで列車の運転を一時停止するという。上り下り双方でダイヤが大幅に乱れており、列車の運転再開にはかなりの時間がかかるという…。

 和光市は有楽町線の下り方面終点である。乗客は、そこから東上線に乗り換え各自最寄り駅へ向かう。ゆえに、ダイヤが乱れると大変なことになる。有楽町線から吐き出される乗客が、皆、和光市駅のプラットホームで足止めをくらうのだ。まさに夏のイモ洗い状態、アリの這い出るすきもなしである。

 こんな地獄絵図の中で悠長に構えていられる性分ではない。ダイヤが乱れるということは各駅の終点時間がそれだけ繰り下がるということでもある。小一時間ぐらい酒を呑む余裕はできそうだ。いったん改札を抜け、近場で一杯やりつつ運転再開を待った方が精神衛生上よろしかろう。そう決めた。

 というわけで訪ねた「さくら水産 和光市店」(さくすい)。同店はビル2階にあり、窓際のテーブル席からは駅プラットホームの状況が一望できる。そこへ腰をかけ、ふと目をやると卓上にはなんとタッチパネルが…。

 “ロ”の字口のカウンターとぎこちなくもひたむきな留学生バイトとのやり取りがさくすいの“妙”だと思っていたのだが、どうも、タッチパネルはその後者の“妙”を半減させてしまうようにも感じる。まぁ、時間短縮・業務円滑・経費削減という利点が店がわにはあるだろうし、変にからんでくる酔客も多いので、それを回避できる点でもタッチパネルは有効なのだろう。客がわにしてみれば操作に慣れるまでがしんどいが…。

 酒はホッピーセット・中いちおか(わり)。つまみは海老カツにまぐろの山かけ。小腹も空いていたのでごはんセットも注文。お通しはわらびとたくさんの煮付け。締めて1620円なり。「さくすい」の圧倒的なコストパフォーマンスの高さは健在であった。

 今日のお題は“13日金曜”にする。結局、列車の運転再開に時間はそれほどかからず、ガラガラの終電内でほろ酔い(善酔い)浮遊感を味わうことができた。みずほ台店が閉めてからはご無沙汰していたが、次回は腰を据え「さくすい」で一杯やりたいとも思った
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2014年11月19日

実績50年

 6月14日・土曜。この日は勤めが早上がり。18時30分に終業のタイムカードを押し、家路を急ぎ…はしない。自分が乗った有楽町線は西武池袋線直通小手指駅終点なので、通常は小竹向原で和光市もしくは森林公園行きに乗り換えなければならないのだが、小竹向原で下車せず席を離れることなく練馬駅で降りた。「金ちゃん」で一杯やろうと思ったのだ。

 同店は訪れるのはこれが3回目。過去2回は友人とだったので、単独で呑むのは今回が初めてになる。

 暖簾をくぐれば、土曜の書き入れどきということもあり場内は大盛況。テーブル席は満卓だ。カウンターは左はじが空いていたので、そこに腰を下ろす。手始めに瓶ビール。「金ちゃん」のハウスビールはサッポロラガーの赤星である。これを供する酒場に外れなしが僕の持論。つまみはまずモツ煮込み。串焼きメニューからはカシラとレバーを2本ずつタレでいただく。

 入口近くの焼き場で串を調理するのが店主の萬田金太郎氏。きびきびとした動きに威勢のいい口調で実にかくしゃくとしておられる。見ているだけでこちらも元気になる。どことなく初代水戸黄門の東野英治郎氏に似ている。

 大川 渉氏の「酒場めざして」(ちくま文庫)をひもとくと「金ちゃん」の創業は1964年(昭和39年)。今年は2014年だから丸50年の長きに渡りこの練馬の地で暖簾を掲げていることになる。

 その歴史の重みや伝統は、場内の造作のそこかしこにうかがえる。自分が座るカウンター位置から向かって右上には額が飾られている。「金ちゃん」旗揚げ時の値段表。こういうのを眺めながら呑む酒がまた格別なんである。

 酒は他にハイサワー。これは中と外が別々に出てくる。焼酎はジョッキになみなみと注いである。小ぶりのグラスを別に貰い、そこに半分ほど入れて継ぎ足しながら呑むのがいいかもしれない。結局外を2杯おかわりしてしまった。

 つまみは、他に玉子豆腐・豚耳・茎わかめ・納豆おろし。締めて3,230円なり。

 古色蒼然として侘びた“コ”の字口カウンターに肘をつき、場内の喧騒を肴にしんみりとやる。群衆の中の孤独も悪くない。そんなひとときに自分はそこはかとなく安らぎを覚えるのだ。

 今日のお題は“実績50年”にする。
ラベル:練馬 金ちゃん
posted by 彦左小路郎 at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 首都圏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月23日

あと一年

 6月17日・火曜。終業のタイムカードを19時ジャストに押し、地元の東武東上線・みずほ台駅…もとい鶴瀬駅に着いたのは20時30分をやや過ぎたころか? 行きつけの「忠八」で一杯やろうと考えたのだ。

 酒は角ハイボールを3杯・レモンサワー。つまみは、串焼きメニューからネギまをタレでハツを塩でそれぞれ2本。他、やりイカ握り・海老の天ぷら・麻婆豆腐・玉子焼き。締めて2,891円なり。

 これだけ呑んで食べて3,000円でおつりの来る酒場が他にどれだけあるだろう? つまみはそのどれもが美味く本当に外れがない。

 4年前に初めて訪れて以来、自分は、「忠八」における呑みの模様をほぼ総てこのブログに綴っている。タグクラウドをクリックして調べてみると「忠八」を取り上げた回数は39。つまり今回のこの更新分でちょうど40回目ということになる。

 この4年間、本当に色々なことがあった。ライターとして所属していた媒体は廃刊になった。先行きの不安からWEBデザインの学校に半年間通った。なのにデザインに馴染めず、結局自分にはライティングしかないことを悟った。昔の伝手を辿り、もの書き仕事のわずかな原稿料で糊口をしのぎ続けた。ストレスからジンマシンに苛まれ完治にとにかく時間がかかった。通学期間中の2011年3月11日には“あの大震災”もあった。

 震災の影響で学校は一週間休講になった。つまり急にヒマになったのだ。といってもHTMLやPhotoshop(フォトショップ)・Illustrator(イラストレーター)のおさらいをする気にはなれなかった。4月末の卒業時に発表が義務付けられたホームページ制作という課題はあったのだが、力が入ったのはコンテンツの本文原稿や見出しをふるというもっぱら“書く”作業だった。

 休講中に、それも陽の高い時間に「忠八」を訪れた。バカな輩が米や水・トイレットペーパーなどの日用品を買い溜めしていたころでもある。それらの影響でもしかして休みかな? とも思ったが杞憂だった。場内は満卓の盛況。長テーブルに腰かけ何時間いただろうか? 本当に愉しいひとときを過ごしおまけに元気を貰ったような感じもした。放射能だだ漏れやら計画停電やらで日々憂鬱だったからだ。

「忠八」呑みブログ39回の原稿を読み返して痛感した。特に意識していたわけではない。だが、苦しいことや辛いこと・悲しいことで気分がふさぎ込んだときには無意識のうちに「忠八」を訪れ、カウンターやテーブルでグラスをかたむけているではないか? と。オレは癒されたくて「忠八」を求めていたのだ…。

 あと一年で自分は50の大台に乗る。20代後半にナイタイに出会い、酒を知り色にまみれ欲に溺れなんとも刺激的な30代を過ごすことができた。まるで竜宮城でジェットコースターに乗っているようだった。毎日が本当が楽しかった。倖せだった。

 そのツケが40代になって回ってきた。快楽の絶頂から疲弊の谷底に突き落とされた。そして迷走、逡巡。また迷走、落胆、悔恨、自己嫌悪…。その繰り返しである。

 でも絶望はしなかった。未だに自殺願望などまったくないし自身をあきらめてもいない。

「忠八」の造作、メニュー。酒を注ぐコップや肴を持った皿。団体客の笑い声や一人客の溜息が錯綜する喧騒…。総てが自分をほぐし和らげ励まし明日への活力を与えてくれるのだから。

 勝ち組になりたいと願ったことはないし、そもそも人生に“勝ち負け”なんぞという単純な二元論は無効だ。ただ自分にあり続けるだけ、そのために僕には「忠八」のような酒場が必要なのだ。

 今日のお題は“あと一年”にする。なんだかんだ言ったって今でも自分を倖せ者だと思っているのだ。
ラベル:鶴瀬 忠八
posted by 彦左小路郎 at 13:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 埼玉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月25日

乱歩偉大 ブクロ満喫 その1

 中身の濃い一日だった。

 6月15日・日曜、Webスクール時代の友人Eさんよりメール連絡あり。「水曜(18日)か金曜(20日)に江戸川乱歩邸に行きませんか?」とある。

 あまりにも唐突なことなので最初は何が何やらわけがわからなかった。が、よくよく聴いてみると、推理小説の始祖・江戸川乱歩が終の住処にした豊島区・池袋の旧邸宅が、“大衆文学研究センター”の名のもと当時そのままの状態で今も保存されているらしい。Eさんはそこを訪ねてみないかと自分を誘ったのである。

 異論はない。18日・水曜がちょうど仕事休みなので、その日午後一時に、池袋駅・西口近くの交番前でEさんと待ち合わせることにする。

 6月18日・水曜。予定通り午後一時に池袋西口交番前でEさんと落ち合い、その足で、江戸川乱歩が戦前の昭和9年から享年・昭和40年まで住み続けた旧乱歩邸こと“大衆文学研究センター”に向かう。要町通りを丸井方面に直進し立教大学へ。目指す乱歩邸は、その立大の正門を過ぎて一つ目の角を右折したところにあった。閑静な住宅街に所在するモダンな洋館といった趣。奥には有名なあの“土蔵”もあり、20,000冊を超える蔵書は書庫ごと管理されているという。建物自体の保存状態も良好。これならば元祖コレクターの乱歩も本望だろう。

 乱歩ほど進取の気性に富み新しい価値観を積極的に作品へ反映させた作家はいない。多くの文豪がやがて絡め捕らわれていった“日本人らしさ”だの“男らしさ”だのとははなから無縁だった人。ゆえにいわゆる純文学とは一線を画した探偵小説というジャンルの“文楽(がく)”を創造し、時流を超え今現在においても強い影響力と高支持を堅持し続ける。漱石がビートルズなら乱歩はディヴィッド ボウイだというのが僕の持論だ。邸の軒下に設えたスクリーンには、そんな乱歩が当時の最新型映写機で撮影した16ミリフィルムのカラー動画が上映されている。

 邸内に入れはしなかったが、乱歩の偉大な足跡は十分に体感できた。なので来たことに悔いはない。満ち足りた思いで僕らはセンターを後にしたのだった。(つづく)
posted by 彦左小路郎 at 00:52| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする