2015年05月31日

3人再会 ブクロ満喫 その4

 まさか来るとは思わなかった。

 WEBスクール時代のクラスメートだったOさん(女性)のことである。酔った勢いでEさんが彼女を呑みに誘おうと言った時、僕は軽い気持ちでOKした。どうせ来はしないだろうとタカをくくっていたのだ。

 それがである。なんと来るというのだ(!!)。確か彼女は東武東上線・鶴瀬駅が自宅の最寄り駅。時刻はこの時点で夜7時を過ぎている。鶴瀬から池袋まで準急に乗っても小1時間はかかる。自宅が駅から離れていればなおさらだ。前々から変わった人と思っていたが、ここまで変な人(失礼!)とは思わなかった。誘うEさんもEさんだが、それに乗るOさんもOさんである。

 遠場から駆け付けてくれる彼女に考慮し、店を、駅からそう離れていない東口ビッグカメラ裏の呑み屋小路にある「男体山」に決める。同店は2階がテーブル&小上がりになっておりそこそこのキャパを持つ。3人ならまず座れるはずだ。

 彼女は池袋に着いたらEさんに電話するという。それがいつぐらいになるかわからないので先に「男体山」に入る。2階は7割がた埋まっていたが、4人掛けのテーブル席が運良く空いたのでそこに腰掛ける。

 拙ブログでも度々取り上げる「男体山」。火加減良好なモツ焼きと新鮮なモツ刺しを適価で味わえる池袋屈指の名店だ。青臭さをまるで感じないほど人参を漬け込んだヅケ(男体山漬け)も酒のアテに最適である。

 きっかし小一時間後に、OさんからEさんの携帯に着信が入った。待ち合わせ場所を指定しEさんが彼女迎えに行く。5分後に現れたOさんを見た時、“そうか、あれからもう3年の月日が流れているのだな”と痛感した。家計簿には、2011年の3月7日・月曜にこの3人とやはりクラスメートのOさん(実年女性)を含め4人で呑んだ旨の記載が残る。場所は無論川越市駅前の「大将」である。具体的には3年3カ月ぶりということになる。

 あの頃10歳以上は若く感じられた彼女の外見は齢相応のものに変わっていたのだ。あきらかな所帯やつれである。

 本人を前にしてそんなことは言えない。しかし、ビールで乾杯し多少酔いがまわるにつれ、Oさんは自分からこの3年間の苦労を語り始めた。詳しいことは書かない。WEBスクール修了直後に彼女が結婚したこと。今は京浜東北沿線の浦和が自宅の最寄り駅なこと。そして、その結婚生活は決して上手くいっていないことを記すにとどめておく。

 酒席が終始ヘビーだったわけでもない。学校時代の思い出話しも、Oさんが加わればより具体的になり鮮明になる。僕らが知らないまたは忘れているエピソードを彼女が知っていたり、あるいはその逆のケースもある。基本的には笑いの絶えないひととき。酒席は3人で囲むのが一番いいと太田和彦氏は著作で説いていたがなるほど。さすが太田先生である。

 時刻はもう23時を回ろうとしていた。Oさんの帰宅事情も考慮しそろそろおひらきにする。Eさんも最寄り駅は東武東上線・小川町だ。これ以上の長居は禁物だろう。

 旧乱歩邸訪問・古代オリエント博物館鑑賞・「さかば ふくろ」での呑み・「男体山」におけるOさんとの再会と呑み…。長い、本当に長い1日だった。このように充実した1日を、僕はEさんやOさんと再び過ごすことができるだろうか。

 ちなみにこの日の呑み代は「ふくろ」「男体山」合わせて5,162円。酒やつまみは何を頼んだかの記載は家計簿に一切残っていない。会話に夢中で覚える(メモする)どころではなかったのだろう。
ラベル:池袋 男体山
posted by 彦左小路郎 at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 池袋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする