2015年09月04日

天賦の才

 2014年6月24日・火曜。仕事が早上がりなので、一緒に酒でもと思い、風俗専門誌「ナイタイマガジン」(廃刊)元編集長の友人Mクンにメールで連絡をとる。

 返信はすぐに来た。自宅に居るがこれから出かけるかもしれないという。実は先約があるが遠出をしたくないので断ろうかと考えていたともいう。ならば近場の池袋で呑まないかと言えば即OKとの返事が来た。場所はモツ焼きの名店「男体山」。東口のP’パルコ前で待ち合わせることに決める。

 このブログには何度も綴っているが、定職に就いて定収入を得る生活に戻れはした。しかし正規雇用ではない。だから今の仕事がいつまで続くのかはわからない。いつ解雇されても文句は言えない立場でもある。

 だから今のうちに、まとまった収入のあるうちにやるべきことを優先したい。自分は、Mクンに幾ばくかの借りがつまり借金があるのだ。一括は無理にせよこれをきっちり返済しなければならない。彼の好意と友情を無碍にするわけにはいかない。

 平日の19時前後は、勤め帰りのサラリーマンで最も酒場が込み合う頃。「男体山」もしかりだ。それでも2階のテーブル席には空きがあった。瓶ビールで乾杯し、名物のモツ刺しや男体山漬けをつまみに僕らは陽気にしゃべり続ける。同じ釜の飯を食った者同士なので共通の話題も多い。誰かと呑む際は大抵話すがわになるのだが、Mクンとだと聞き役に回ることもしばしばだ。彼は頭の回転が速いし弁もたつ。こういう友人は貴重だと痛感する。

 Mクンとの付き合いも長い。自分がナイタイ出版株式会社に出戻ったのは1998年の春。配属先はナイタイマガジン編集部だった。彼はその暮れにナイタイに入ってきたのだろうか。入れ替わるように、キャバクラ専門誌「ベストクラブ」(当時は「C-GIRL!」)の創刊スタッフとなり自分はマガジン編集部を離れた。なので、Mクンと机を並べて仕事をした記憶はない。

 今もそうだが彼は他者との間に垣根を作らない。人見知りせず誰とでもフランクに接する。これはひとつの才能である。当時は最寄り駅が同じなこともあり、Mクンとはすぐに打ちとけ酒を酌み交わす仲になった。

 彼には優れた編集者としての天性の才能がある。フォトグラファーやデザイナーの中には芸術家気質(気取り)の厄介な性格の人間も多いが、そんな相手のわがままに近い話しでもMクンはちゃんと聞く。その上で自分の意見を伝える。簡単なようでこれは難しい。自分もそうだが、大抵の編集者は外注のワガママに最後まで付き合えない。「だったらいいよ、二度とあんたには仕事を振らないから」となってしまう。

 しかし、そういう厄介な人間ほど、フォトグラファーとしてデザイナーとして優れたりもする。ゆえに本当にいいページに仕上げようと思うならば、それら頑固者たちをいかに手なずけこちらの意に沿わせるか。そこにその編集者の器量が問われる。それを無理なく自然にMクンはこなせるのだ。やはり優れた才能である。

 そんなMクンを見習い、自分は編集者としての資質を磨いていった。ここから、拙ブログでも何度か紹介しているO村サンやO田サンとの絆が生れた。Mクンが外注スタッフと根気よく付き合うように、僕も、彼らと粘り強く付き合いその才能を引き出そうと努めた。それがやがて人間的な信頼関係に繋がっていった。

 一方でMクンは人を信用し過ぎるきらいがある。ゆえに金銭的に裏切られ痛い思いもしている。世の中には恩をアダで返す奴の方が多いのだ。

「男体山」では、酒を自分が、瓶ビール一本・ホッピーセットの中いちおか(わり)。つまみは、二人でレバ刺し・ハツ刺し・タン刺し。串焼きメニューから、カシラとコブクロを塩でシロをタレで2本ずつ。他は、男体山漬け・こんにゃく刺し・チーズサラミ。締めに、近場のラーメン屋「博多天神」へ寄る。チャーシューメンと瓶ビールを食し勘定は一人アタマ総額5,934円なり。ちなみに、この夜Mクンへ返済できた額は3,000円。残るは35,000円である。

 今日のお題は「天賦の才」にする。
ラベル:池袋 男体山
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2015年09月08日

北口回顧

 2014年6月28日・土曜。仕事上がりは16時45分。タイムカードを押し、有楽町線・新富町駅まで歩き東武東上線直通の下り川越市行きに乗る。

 と言っても、そのまま最寄りのみずほ台駅まで乗車していることなどほとんどない。土曜は、池袋駅で降りるか、小竹向原駅で西武池袋線直通に乗り換え練馬駅を目指すか大抵している。

 この日もしかり。池袋駅で下車し西口に出る。まだ陽は高く、デニムジャケットを羽織ったままだとやや汗ばむくらいに暖かい。北口に廻り「若大将まつしま」の引き戸を開けた。

 同店は、酒・つまみのほとんどが税込み325円の明朗会計。廉価ではあるがつまみはどれも美味く、酎ハイ・サワーは清涼飲料と焼酎の配合が絶妙だ。先月5月27日に訪れて以来だから丸一カ月ぶりということになる。

 考えてみれば、呑み屋街としての池袋北口との縁(えにし)は長く深い。ナイタイに勤めていた頃も、時間が許せば、JR新宿駅から東上線・みずほ台駅に戻る途中池袋で降り、やはり北口にある「大都会」という居酒屋を頻繁に訪ねた。

 「大都会」は、今現在も同じ場所(カフェ「伯爵」下)で居酒屋営業を続けてはいる。しかし、内観も形態も変わり、自分が頻繁に通っていた頃のほっと一息つける駆け込み寺的雰囲気は喪失してしまった。同店で最後に呑んだのは8年前の2007年。11月30日・金曜に訪れ2,310円散財との記載が家計簿に残る。その後「大都会」は改装のため一度店をたたみ、リニューアル前と後ではすべてが異なる店に変貌してしまった。

 いわゆる“せんべろ”居酒屋として今の「大都会」を支持する酒徒は多いかもしれない。しかし、自分にとってそれは「大都会」であって「大都会」ではない。家計簿に残っていないのでそれがいつ頃なのか定かではないが、一度だけリニューアル後の「大都会」で呑んだことがある。そして、その変わりようにまた一つ自分の心の拠りどころが無くなったと落胆したのは覚えている。

 その空白を埋めてくれたのが、今カウンターに座りカキフライをつまみに酎ハイをすすっている「まつしま」だった。2008年5月にナイタイを退いた以降は、ブクロ(池袋)に来ることも極端に減ってしまったが、一年のブランクを経た2009年6月に、自分は、先輩・飛鳥 翔氏の口利きでAV(アダルトビデオ)専門誌「AV FREAK」スタッフとして職場復帰。再びブクロへも頻繁に通うようになった。以降、「まつしま」は、自分の空白を埋めてくれる変わることない心の拠りどころで有り続けている。

 酒は酎ハイ2杯・レモンサワー2杯。つまみはカキフライ・ゲソ焼き・たこ焼き・ハーフピザで締めて2,600円なり。

 今日のお題は「北口回顧」にする。「大都会」の思い出はまた後日綴ろうと思っている。
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2015年09月11日

めしとも

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 いつでも目を通せるようにと卓上のすぐ手の届くところに置いておく本がある。

 MOOKで言えばそれは2004年刊の「男を上げる! 正しい酒の飲み方」(宝島社)であり、同じく2004年刊の「THE東京 夕暮スタイル」(交通新聞社)である。

 文庫ならば太田和彦氏の「超・居酒屋入門」(新潮文庫)やなぎら健壱氏の「東京路地裏暮景色」(ちくま文庫)・いいざわたつや氏の「カップ酒スタイル」(ちくま文庫)といったところの再読回数が多い。

 特別思い入れが深いのが、藤木TDC氏の「場末の酒場、ひとり飲み」(ちくま新書)である。常時携帯し様々な場所で何度も読み返したまさに座右の銘。藤木氏に関しては、10年前に入手したブラボー川上氏との共著「東京路地裏<懐>食紀行」(ちくま文庫)に収録された随筆『新宿・彦左小路 あらかじめ終わりが約束された飲み屋街』の衝撃が凄かった。酒(居酒屋・呑み屋街)を綴った文章でこれを超える余韻をもたらした一文にはまだ出会っていない。拙ブログのペンネームもそこから取ったものだ。

 同様に愛読し再読するのが、『東京溺愛居酒屋』と銘打った特集を巻頭に据えた月刊誌「めしとも」(角川マーケティング)の2010年12月号である。都内の名店を、1,000円・2,000円・3,000円の予算別に分け、それら予算内における高支持店を、2,000円店なら30軒、1,000円なら20軒、3,000円なら10軒といった具合で計70紹介していく。自分などは、70軒総ては無理にせよ、地元駅の東武東上線・みずほ台から片道1時間以内で訪問可能な呑み処は一度暖簾をくぐっておきたいとこれを読む度に痛感する。

 池袋駅西口近くに所在する「さかば ふくろ」は、その特集の1,000円台店において第3位に挙げられていた。ちなみに1位は木場の「河本」。2位は門前仲町の「魚三酒場」である。選考にあたったライターのぬかっち氏は「ふくろ」の魅力をこう語っている。

「不思議な店です。『河本』『魚三酒場』がいいというのはわかるじゃないですか。でも『ふくろ』って何もないですよね。そのすさまじいまでの普通さに隠された非凡さ。ここで13時ぐらいから酒を呑んで、気炎を上げている幸せそうなオヤジがうらやましい」。言いえて妙だと思う。

 2014年7月1日・火曜。その「ふくろ」で「ナイタイマガジン」元編集長のMクンと呑む。同店は3階建てビルをすべて酒場として使っている。1階・2階がカウンター。3階がテーブルと座敷という造りである。二人連れゆえこの日は3階の座敷に上がらせてもらった。

 「めしとも」でもふれていたが、同店はその豊富なメニューに定評がある。煮物・揚げ物・焼き物・炒め物・生物・飯物etc。煮こごりや焼たらこ・かぼちゃの天ぷら・タン炒めなどは他店ではまずお目にかかれない逸品であろう。また、それらのどれもが廉価で美味く外れがまったくないのだ。

 だから、「ふくろ」へそれも二人以上で来たときは必ず食べ過ぎてしまう。この晩も、もろきゅう・鶏の唐揚げ・赤魚塩焼き・かぼちゃの天ぷら・メンチカツの卵とじ・韓国海苔・レバーの塩焼きと大盤振る舞い。これに酒類を加えても勘定は一人あたま3,700円である。さすが「めしとも」認定の第3位店である。

 余談だが、紙媒体不況の余波を受け、2011年1月号をもって「めしとも」は休刊。自分が同誌の存在を知ったのはそこからだいぶ経ってのことだった。細部まで丁寧に創り込んだ誌面構成は今見ても素晴らしくつくづくその終焉が惜しまれてならない。

 ちなみに、Mクンには5,000円返済。彼への残債総額はこれで30,000円きっかしとなった。

 今日のお題は「めしとも」にする。
posted by 彦左小路郎 at 01:15| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月15日

きらくで

 2014年7月8日・火曜。仕事休みなので十分に睡眠をとり午後いちに起床。着替えを済ませ、近場にある行きつけのサウナ「きらく」に向かう。

 初めて「きらく」を訪れたのは7年前の2007年。9月9日・日曜に訪れて1,350円散財支出と家計簿にある。2007年といえば自分はまだナイタイに在籍していた頃。連日・連夜の深酒を抜くため頻繁にサウナを利用していた頃でもあった。ちなみに、2007年9月のサウナ利用回数は実に15。つまり二日に1度はサウナで汗を流した計算になる。当然ロハではない。それだけの金銭的余裕があったということでもある。

 「きらく」以前に自分が行きつけにしていたのは、東上線・朝霞台駅北口から徒歩1分弱のところに位置した「サウナ カラカラ」だった。ファーストフードやカラオケボックスがテナントに入ったビルの5階にあったのだが、やはり7年前の2007年3月に廃業してしまった。家計簿には、3月12日・月曜に「カラカラ」で1,260円散財との記載が残る。確か、その週に同店は看板を畳んでしまったと記憶している。

 3月に朝霞台の行きつけを失い、9月に地元みずほ台に新たな行きつけを見つけた。そこまでに丸半年の開きがある。もちろんその間にもサウナはよく利用した。編集職というのは、ヒマな時期と忙しい時期の落差が大きい。ヒマな時期というのはだいだい月あたまから10日ぐらい。この間は、取材のアポ取りぐらいしかやることがない。なので、(今だから書けるが)勤務時間中にもしょっちゅうサウナへ足を運んだ。中野北口の「ノーベル」・赤羽東口の「サウナ錦城」・目黒東口の「ミリオンサウナ」・池袋西口の「ホテル ロイヤル」。そして成増南口の「ホテル ヒルトップ」etc…。

 十分に汗を流したらその後は酒である。勤務地の新宿へ戻る。タイムカードを押したら酒場へ直行する。新宿二丁目の「吉野」・三丁目の「呑者家(どんじゃか)」思い出横丁の「第二宝生家」。池袋北口の「大都会」・同じく池袋の西口「さかば ふくろ」etc…。

 サウナに酒場。そしてキャバクラ…。僕の第二期ナイタイ時代(1998年〜2008年にかけて。第一期は1994年〜1997年)はほぼその三つで形成されていた。そこに、友との語らいがあり笑いがあり喜びがあった。あの熱く燃えた日々を思い出すと未だに胸が痛くなる。結局、あの頃から自分は一歩も前に進めていない。「きらく」の岩盤浴(サウナ)室で天井を見上げ、そんなことに気付き思いをめぐらしては慄然とする。俺は余生を過ごしているのだろうか…。

「きらく」を出てこれも行きつけの志木「ホルモン太郎」の暖簾をくぐった。酒は瓶ビール(キリンラガー)×2・角ハイボール×2。つまみはガツ刺し・レバ刺し・ホルモン盛り合わせ×2で締めて5,500円なり。

 今日のお題は「きらくで」にする。
posted by 彦左小路郎 at 22:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 埼玉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月24日

もつよし

 2014年7月12日・土曜。勤めが早上がりだったので、近辺にいい感じの呑み処はないかと新富町駅周辺を散策した。

 そして見つけたのが、4番出口から徒歩3分の場所に位置する「もつよし」。楷書で力強く店名が書かれた暖簾と袖看板。入口に貼られたアクリル製の“ホッピー”短冊。そして正面右にぶらさがる赤提灯…。すべてが自分の呑み心を刺激する。どうやらここは愉しめそうだ…。

 引き戸を開け中に入った。先客はいない。おそらく自分が口開けの客だろう。10人も入れば満卓になってしまいそうな、カウンターのみのこじんまりとした内観である。厨房には男性店員が3名おり、やっちゃ場にでもいそうな職人風情が皆に漂う。目にうるさいテレビはない。BGMは、AMラジオから流れるプロ野球の実況放送である。どうやらここは当たりのようだ…。

 手始めに瓶ビールを貰う。銘柄はアサヒのスーパードライ。一口呑み、軽く暑気払いをした後でざっとメニューに目を通す。店名が物語るようにつまみは臓物中心であり魚介類は一切ない。その思い切りの良さも潔い。まずは、レバ・ガツ・タンからなるモツ刺し盛り合わせを注文した。

 供された盛り合わせはどの部位も実に新鮮である。噛めば噛むほどに獣肉独特の甘みが口の中に広がる。また、その甘みにビールの苦みが程良く合い、喉がうるおった後には確実な旨みが口の中に残る。それを味わいたく再び皿に箸を伸ばす。どうやら…いや、ここは絶対に愉しめる。確実に当たりである。

 土鍋に入ったぐつぐつと音を立てるもつ煮込みには黒ホッピーを合わせた。汁加減は濃過ぎず薄過ぎずちょうど良い案配。串焼きメニューからはコブクロとつくねを塩で2本ずつ。一本100円という価格設定に店がわの良心を感じる。

 品数は多くはなく、品揃えに凝ってもいない。ゆえに、メニュー表も横A4サイズのそれが一枚のみ。表が酒で裏がアテという造りである。そこに、“必要なものはこれだけ、他に何がいる”という自負と自信を感じる。つまり“粋”なのだ。

 五分刈りにねじり鉢巻きの店主とおぼしき方は、古くは国際、今ならば大日本あたりにでもいそうなプロレスラー的体躯の持ち主。見れば見るほどディック東郷に似ている。話しかけようと思ったのだが、まだ一見ということもあって今回は差し控えた。

 いい店である。外観・内観・従業員の顔ぶれ・メニュー。「もつよし」には酒場に必須な“侘び”と“寂び”が確実にある。ゆえに通うほどに呑むほどに病みつきになってしまう中毒性をも持つ。またその毒がなんとも心地良いのである。つまり“居心地がいい”のだ。

 酒は瓶ビール・黒ホッピーセットの中いちおか(わり)・バイスサワー。つまみはモツ刺し盛り合わせ。もつ煮込み。串焼きメニューから、コブクロ×2・つくね×2・ピーマン・ネギをすべて塩で。他タコ形ウインナー。締めて3,628円なり。

今日のお題ははっきり“もつよし”にする。
posted by 彦左小路郎 at 01:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 首都圏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月29日

書く苦労

 僕には文章を書くことしかできない。写真を撮る才能もければ意匠を凝らす資質もない。長い間編集者として誌面をまとめる仕事をしてきたが、自分以上に優れた編集者は身近にも確実に居た。

 文章を書くのは好きだし人様に評価してももらえた。だから、極貧ではあったが、フリーライターを生業にしていた頃はそれはそれで充実していた。

仕事の依頼があり原稿を書く。自分の文章が掲載された媒体が書店に並ぶ。手に取りその重みを確かめる。ページを開けば自分の仕事が確実に目の前にある。それが形になっている。安価ではあっても原稿料が貰える。これを幸せと書かずして何を幸せと書こう。やり甲斐と収入を天秤にかければ今はまだ自分は前物を取る。

 このブログで触れたことはあまりないが、僕が物書きに開眼したきっかけはAV(アダルトビデオ)である。専門誌で新作紹介のページを担当し、多いときで月100本以上のAVを視聴し原稿を書いた。正直当初はしんどかったが、作るがわがそれこそ“命がけ”で仕事をしていることを知りがぜんAVに愛着を持つようになった。

 その専門誌は6年前に廃刊してしまった。号を重ねるごとにノって仕事できていただけに未だその終焉が惜しまれてならない。今でも失敗したと思うのは、その媒体が亡くなった後書くことに的を絞り本格的に文章を勉強すればよかったのに、何をトチ狂ったのか、ウェブデザイナー養成の専門学校などに半年間通ってしまったことである。

 あれが運命の分かれ道だったと本当に思う。薄々感じてはいたが、やはり自分はデザイナー向きじゃなかった。途中で挫折することなく真面目に半年通ったが、一度たりともデザインにのめり込めはしなかった。学べば学ぶほど自分に不向きなことがわかってきた。そして逆説的に学んだ。やはりオレには書くことしかないと…。

 2014年7月14日・月曜。前回訪れ一度で気に入った「もつよし」を再訪。家計簿にはこのときの飲食の詳細が記されてない。3,542円散財とあるだけなのだ。

 いかんな。レシートがなければ頼んだ酒や肴をメモしておけばいいだけの話しなのに。オレには書くことしかできないのだから、そのための苦労を惜しんではいけない。

 今日のお題は“書く苦労”にする。フォトグラファーが写真を撮る苦労を惜しまないように、レイアウターが意匠を凝らす苦労を惜しまないように、ライターは書く苦労を惜しんでじゃいけないのだ。
posted by 彦左小路郎 at 17:04| Comment(1) | TrackBack(0) | 首都圏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする