2016年01月01日

清長再掘

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 2014年7月19日・土曜。勤めが休みなので久々に駅近の「ロッテリア」に寄り、ずいぶん前に購入し未読だった松本清張のノンフィクション「昭和史発掘」第3巻を読み耽る。

 ずいぶん前にと書いた。家計簿をひもとくと、この「昭和史発掘」は、自分がまだナイタイ出版に勤務していた2007年に購入したものである。4月6日・金曜に新宿の古書店・昭友社にて1巻・2巻・3巻をまとめ買いし計900円。

 読書といえば当時はノンフィクションや酒にまつわる随筆が中心で小説はほとんど読まなかったが松本清張は例外だった。移動中の暇つぶしにと取材先の古本屋で買った芥川賞受賞作の短編集「或る『小倉日記』伝」の衝撃が凄く、以降は清張の作品ばかりを貪り読んだように記憶している。

 おそらく「昭和史発掘」もその流れで買ったのだろう。しかし、入手してはみたものの第1巻・第1編の『陸軍機密費問題』でつまずいてしまったのだろう。時代の古さと登場人物の多さ。それら人物の役割や繋がりが難解で読書が前に進まないのだ。そもそも人物にルビがふっていないので読めない名前が多くこれに本当にイライラさせられた。時代や日付けが前後しがちなのも読みづらさに拍車をかけたし、何よりも“陸軍機密費”だの“田中義一”だのに興味を持てなかった。なので、2巻・3巻と読み進むこともなく「昭和史発掘」は本棚の奥にしまい込んだままにしていた。

 7年経った2014年。それをようやく読み返す気になれた。ブログ更新や文法の基礎を学ぶことで文章を書くことが鍛えられ、漱石のおかげでここ3年読むことに再度積極的になれたのが大きい。3月に「漱石の思い出」を読み終えて以降、さぁ次は何を読もうかと本を捜していた頃でもあった。

 職場への通勤には電車を使う。片道約1時間半はかかる。それでも、始業が昼12時からなので行きも帰りは大抵座ることができる。それらの時間も利用し、一カ月に一冊のペースで「昭和史発掘」を読み進めた。意味がわからないもしくは読めない単語が出てくれば、ページの下はじを折り帰宅後に字典で調べた。それでもわからない場合は、当時もうボロボロになっていた岩波の辞典で調べた。ネックになっていた読めない名前については不本意だったがネットを使ったりした。そうして1巻・2巻を読み終え3巻目に入った。

 最終編の『スパイ“M”の謀略』が面白く示唆に富んでいる。国とは国家のことであり国家とは権力のことでありその権力を掌握しているのが体制であるということがこれを読むとよくわかる。そして体制がわはその国の中に国民を一切含まないことも…。

 右翼や保守的な文化人・反動的なマスコミは“国を愛する”“国を守る”だのの慣用句をしきりに連発するが、決して“国民”とは言わない。奴らが本当に愛し守ろうとしているのは国民ではないからだ。あくまで国家であり権力であり体制であり体制がダブつくほどに溜め込んだカネである。国をカネに置き換えれば奴らの真意は明確になる。そのことを忘れてはいけないと松本清張は訴えているように感じる。

 有意義な時間を過ごしたという充実感を持って「ロッテリア」を出る。その足でやはり地元にある「福ちゃんラーメン」の暖簾をくぐる。酒はホッピーセットの中いちおか(わり)・角ハイボール2杯。つまみは黒豚シューマイ・ピータン・鶏唐揚げで締めて2,590円なり。

 今日のお題は“清張発掘”にする。漱石がビートルズなら清張はそうだなボブ ディランかな。
posted by 彦左小路郎 at 23:40| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする