2017年07月01日

清水クン

 友人が丸4年勤めた会社を辞めて転職した。元ナイタイスポーツ(廃刊)・風俗班デスクの清水クンである。

 ナイタイ崩壊後に彼は幾度か職を変えている。編集プロダクション・広告代理店のカメラマン。そして今春まで所属した水質管理会社…。その管理会社に入る前、電気工事士の資格を取るため彼は1年間職業訓練校に通った。結婚して家庭を持ちマンションのローンを抱え子育てをする立場でありながら、である。不退転の決意は並々ならぬものがあったに違いない。

 そこまでの苦労をして入った会社を齢43にして辞める。しかも家庭を持つ身でありながら…。

 3月に自分は清水クンから連絡を貰った。聞いてもらいたいことがたんまりあるという。北朝霞ガードレール下の立ち呑み屋で会い彼と呑む。酒を酌み交わしつつ色々と話しを聞いた。総て仕事のこと会社のことであった。

 彼は、その水質管理会社で様々な嫌がらせ・いわゆるモラハラに遭っていたのだ。反りが合わない同僚に嵌められ、濡れ衣を着せられ、事実を釈明しても受け入れてもらえず、尾ひれの付いた話しを上層部へ通達され、社長や専務といった幹部連中にまでなんやかんやとつるし上げられた。そして、閑職へと追い込まれた。本当に酷い話しである。

 話しながら清水クンはサワーを何杯も空けた。彼は深く酔っていた。珍しいことではあるが、彼の置かれた状況を考えればそれも納得がいく。別れ間際、「星野さんとこうやって呑めて本当に楽になった。ありがとうございます」と言ってくれた。清水クンが会社を辞めたのはそれから2週間後のことだ…。

 2014年8月15日・土曜。その清水クンと東武東上線・朝霞駅前の「日高屋」で陽の高いうちから呑む。彼がその水質管理会社に勤めて2年目、自分が今の会社を手伝うようになって4か月経った頃である。酒は、瓶ビール(中瓶)・生ビール(中ジョッキ)・白ホッピーセットの中いちおか(わり)・酎ハイ・レモンサワー。つまみは、枝豆・味噌マヨ付き生キャベツ・冷奴。締めて2,450円なり。自分は1,450円支出との記載が家計簿には残る。その後、なんか呑み足りない気がしたので地元「大」の暖簾をくぐった。酒は黒ホッピーセットの中いちおか(わり)。つまみは串焼きからハツとつくねを塩で2本ずつ。お通しは詳細の記載を忘れてしまった。締めて1,320円なり。

 今日のお題は“清水クン”にする。彼もまた、自分にとってかけがいのない友人の一人、つまり“至宝”である。
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2017年07月25日

休日雨天

 雨が降ってきた。

 それも土砂降りと言っていいほどの、である。

 埼玉県南中部には大雨・洪水警報が発令されたそうだ。今のところ雨足は衰える気配がない。雷の音がかなり近いところでゴロゴロと鳴っているのも不気味である。

 仕事休みである。人と会う予定もない。昨晩は、残業が立て込んで会社に泊まり始発を待って朝に帰るということもなかった。だから、今日はほぼ正午に起きることができた。軽く身体を動かし汗をかいた後でシャワーを浴びる。服を着替え「さて、久々に近場の岩盤浴『きらく』にでも顔を出そうか」という直前だったのだ、雨が降ってきたのは…。

 最近は休日に人と呑む機会が多い。職場仲間のIさん・Oさん・Uさん・Sさんと5人で。同じく職場仲間のMさんと2人で。元ナイタイマガジン編集長MAH小林クンとは、このあいだ彼のホームグラウンドでもある練馬で呑んだ。

 一人呑みはもちろん好きだ。一方で、人とそれも普段あまりじっくり話す機会のない人と語らいつつ呑むのも好きである。人見知りはしない性質だし人の話しを聴くのも好きだ。それで己の見聞が広まり深まるならばいい経験・勉強になる。

 ここまで書いてきて、雨がだいぶ小降りになってきた。時計の針は15時55分を指している。予定どおり「きらく」に行こうか? それとも駅近の「ドトール」で読書に耽ろうか。先週・土曜日に池袋の書店で購入した志賀直哉の“短編集”があるのだ。

 2014年8月18日・月曜。この日は母親の命日にあたる。日中に父親と墓参に訪れ、墓石廻りを丹念に清掃し、もちろん墓石も綺麗に磨き、墓前に花を添え、線香を炊き、二人で手を合わせる。ちょうど10年前に母は亡くなったのだ、それも唐突に。夜は朝霞台の大衆酒場「松」で独酌。やはり母のことを想いながら呑む時間が多かった。酒は、瓶ビール2本・黒ホッピーセットの中いちおか(わり)・角ハイボール。つまみは、串物からつくねとカシラを塩でシロはタレでこれも2本ずつ。他、冷奴・ゲソ焼き・ふぐの一夜干し。締めて3330円なり。

 今日のお題は“休日雨天”にする。さて、これからどうしようか?
ラベル:朝霞台 松
posted by 彦左小路郎 at 16:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 埼玉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月31日

直哉神様

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 小説にしろノンフィクションにしろ、その作品の醍醐味は、たった一度読んだだけでは的確に把握できないと個人的には思う。ゆえに、優れた音楽(音学)がそうなように優れた文学もまた繰り返しの鑑賞に堪えてしかるべきだとも思う。大切な身銭を切っているのだ、また読みたいと思えない作品など誰がどう評価しようが自分は認めたくない。

 文学とは読んで字のごとく学べる文章のことなのだ。その作品世界に接して、いかに、その読み手が、視野を広げ・思考を深め・感性を磨き、自身の豊かな人格形成に役立て、他者との意義ある意思疎通を可能にできるか。そこにかかっている。

 学問は教材に一度接しただけで習得できはしない。反復と反芻を繰り返すことによって初めてその人の血となり肉となる。だからこそ、その咀嚼に耐えるべく文学もまず読み応えのある面白いものでなければならない。

 志賀直哉の短編集「小僧の神様」を買った。岩波文庫版、税込み691円なり。

 表題作以外に収録されたのは十篇。初見ではない。すべてかって新潮文庫版で読んだことのある作品である。大筋もだいたいおぼえている。それを新刊で691円払って買っている。なぜ? それだけ志賀直哉の作品が見やすく読みやすく分かりやすいから。つまり面白いからである。

 面白いから何度も読める。何度も読めば、やがて行間に潜む作者の真意さえ理解できる。理解できれば読後感はさらに深まる。そうして自己の感性が鍛えあがる。その感性で世相や世俗にふれれば、何が素晴らしく何がくだらないかが明確になる。これこそが文学の醍醐味だと自分は思う。 

 自分は、上手い文章を書こうという意識をはなから棄ててかかっている。ただ面白い文章を書こうと思っている。つまり見やすく・読みやすく・分かりやすい文章のことである。他者の文章を読む際も、いかにその人が、見やすく・読みやすく・分かりやすい文章にしようと工夫しているか? そこを評価の基準にしている。だから、志賀直哉はやはりすごい人だと痛感する。小僧の神様? 否、小説の神様である。

 2014年8月23日・土曜。ナイタイマガジン元編集長のMAH小林クンとJR池袋駅西口前の「三福」で呑む。名著「東京路地裏<懐>食紀行」でも有名なあの“煮込み・豆腐だけ”のお店である。しかし家計簿には詳細な呑食の記載なし。ただ、4,290円支出と残るのみである。結局彼への借金も返済できずじまいであった…。

 今日のお題は“直哉神様”にする。酒やロック、そして漱石や志賀直哉・国木田独歩らの優れた文学によってオレは形成されている。だから、有名私大のセンセー方が書いた句読点の打ち方が滅茶苦茶な論文や権力べったりの裁判官が書いた文節の係り受けが難解な判決文などは、当人の偉そうにふんぞりかえったその存在込みで唾棄すべきだと思っている。あんなもの読んで理解できないのは当たり前だ。最初から読む側が理解できないよう悪意と恣意でもってわざとひねくった書き方をしているのだから。FUCK!!
ラベル:池袋 三福
posted by 彦左小路郎 at 10:13| Comment(1) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする