2014年11月23日

あと一年

 6月17日・火曜。終業のタイムカードを19時ジャストに押し、地元の東武東上線・みずほ台駅…もとい鶴瀬駅に着いたのは20時30分をやや過ぎたころか? 行きつけの「忠八」で一杯やろうと考えたのだ。

 酒は角ハイボールを3杯・レモンサワー。つまみは、串焼きメニューからネギまをタレでハツを塩でそれぞれ2本。他、やりイカ握り・海老の天ぷら・麻婆豆腐・玉子焼き。締めて2,891円なり。

 これだけ呑んで食べて3,000円でおつりの来る酒場が他にどれだけあるだろう? つまみはそのどれもが美味く本当に外れがない。

 4年前に初めて訪れて以来、自分は、「忠八」における呑みの模様をほぼ総てこのブログに綴っている。タグクラウドをクリックして調べてみると「忠八」を取り上げた回数は39。つまり今回のこの更新分でちょうど40回目ということになる。

 この4年間、本当に色々なことがあった。ライターとして所属していた媒体は廃刊になった。先行きの不安からWEBデザインの学校に半年間通った。なのにデザインに馴染めず、結局自分にはライティングしかないことを悟った。昔の伝手を辿り、もの書き仕事のわずかな原稿料で糊口をしのぎ続けた。ストレスからジンマシンに苛まれ完治にとにかく時間がかかった。通学期間中の2011年3月11日には“あの大震災”もあった。

 震災の影響で学校は一週間休講になった。つまり急にヒマになったのだ。といってもHTMLやPhotoshop(フォトショップ)・Illustrator(イラストレーター)のおさらいをする気にはなれなかった。4月末の卒業時に発表が義務付けられたホームページ制作という課題はあったのだが、力が入ったのはコンテンツの本文原稿や見出しをふるというもっぱら“書く”作業だった。

 休講中に、それも陽の高い時間に「忠八」を訪れた。バカな輩が米や水・トイレットペーパーなどの日用品を買い溜めしていたころでもある。それらの影響でもしかして休みかな? とも思ったが杞憂だった。場内は満卓の盛況。長テーブルに腰かけ何時間いただろうか? 本当に愉しいひとときを過ごしおまけに元気を貰ったような感じもした。放射能だだ漏れやら計画停電やらで日々憂鬱だったからだ。

「忠八」呑みブログ39回の原稿を読み返して痛感した。特に意識していたわけではない。だが、苦しいことや辛いこと・悲しいことで気分がふさぎ込んだときには無意識のうちに「忠八」を訪れ、カウンターやテーブルでグラスをかたむけているではないか? と。オレは癒されたくて「忠八」を求めていたのだ…。

 あと一年で自分は50の大台に乗る。20代後半にナイタイに出会い、酒を知り色にまみれ欲に溺れなんとも刺激的な30代を過ごすことができた。まるで竜宮城でジェットコースターに乗っているようだった。毎日が本当が楽しかった。倖せだった。

 そのツケが40代になって回ってきた。快楽の絶頂から疲弊の谷底に突き落とされた。そして迷走、逡巡。また迷走、落胆、悔恨、自己嫌悪…。その繰り返しである。

 でも絶望はしなかった。未だに自殺願望などまったくないし自身をあきらめてもいない。

「忠八」の造作、メニュー。酒を注ぐコップや肴を持った皿。団体客の笑い声や一人客の溜息が錯綜する喧騒…。総てが自分をほぐし和らげ励まし明日への活力を与えてくれるのだから。

 勝ち組になりたいと願ったことはないし、そもそも人生に“勝ち負け”なんぞという単純な二元論は無効だ。ただ自分にあり続けるだけ、そのために僕には「忠八」のような酒場が必要なのだ。

 今日のお題は“あと一年”にする。なんだかんだ言ったって今でも自分を倖せ者だと思っているのだ。
ラベル:鶴瀬 忠八
posted by 彦左小路郎 at 13:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 埼玉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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