2017年05月30日

友人至宝

 ここまで滅茶苦茶な生活を送ってきた自分が、今もこうしてなんとか無事に毎日を過ごせるのはどうしてなのか?

 要因は様々である。その中でも、やはり友人に恵まれていたというのが大きいのではないか。

 自分にとっての“友人”とはどういう存在だろう? やはり、差し向かいで酒を呑めて、無駄な気を遣うことなく楽しいひとときを過ごせ、かつ仕事上の刺激をも与えてくれる存在ということになろうか? 

 だから、そもそも酒が呑めない人は友人とは言えない。呑めても差しでは無理な人も友人とは呼ばない。ましてや一度も会ったことのない輩など論外である。ツィッターやフェイスブックをやる人には、自身に友人が何十人・何百人いるのかその数の多さを競う傾向がたぶんにある。しかし、たとえいわゆる美形の妙齢女性から友達申請が来たとしても、申し訳ないが自分はブロックさせてもらう。そういう人と美味い酒が差しで呑めるとはとうてい思えないからだ。

 僕は、山口なんたらとかいう安倍政権べったりの御用ジャーリストとは人種が違う。下衆な下心を酒席に持ち込むのは酒場への冒涜行為と同義である。

 2014年8月5日・火曜。勤め帰りに、ナイタイマガジン元編集長のMAH小林クン・カメラマンの岡田サンと池袋で合流。西口のお好み焼き屋「ごっつい」で酒を呑んだ。

 二人とも拙ブログではおなじみの存在。それだけ彼らとは差しで幾度も酒を呑んでいることになる。これまで小林クンと岡田サンの間にはさほど交流がなかったが、ホスト専門誌「ワイプラス」で互いに仕事する機会を持ったことで急接近。今では僕抜きで会い酒を呑むことも度々だ。友達の友達が友達という好例であろう。いいことである。

 こういう友人たちと、美味いつまみと面白い会話を肴に楽しく酒を呑みながらひとときを過ごす。これこそが自分の心身に活力を与えてくれるのだ。明日からを前向きに生きて行こうという元気の源になる。ということはこの二人は自分の生きる支えでもあるということか? そうなのだろう、きっと…。つまり自分にとって友人とはそういう存在であるということなのだ。

 酒は3人で、コークハイを4杯・生ビール・梅干しサワー2杯・緑茶ハイ。つまみは、お好み焼きメニューから広島焼き・ねぎ玉焼き。他、いか天スナック・牛スジ塩・鶏ひざナンコツ・はんぺん焼き。計8,932円なり。彼らへの借金も、小林クン・岡田サンそれぞれに5,000円ずつ返済。残債は小林クン25,000円・岡田さん5,000円である。

 今日のお題は“友人至宝”にする。
ラベル:ごっつい 池袋
posted by 彦左小路郎 at 19:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 池袋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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