2018年06月09日

十年回顧 その3

 2010年11月から翌11年5月までの半年間、表向きはマスコミ業界復帰のために、しかし内実は単なる現実逃避のため、東武東上線・川越市駅が最寄りとる「“K”Web(ウェブ)デザインスクール」の夜コースに自分は通い続けた。

 生徒は40人ほど居ただろうか。授業は午後3時から夜8時まで。1時間につき10分の休憩を挟み4時間に及ぶ。積極的な意志はそれほどなかったにせよ、毎日まいにち、遅刻することも早退することもなく、HTMLやPhotoshop・IllustratorといったWebサイト構築必須のカリキュラムにテキストを書き込みだらけにしながら自分は食らいついていった。

 おかしなことに気付く。同じ講師の指導を同じ時間に同じペース受けつつも、実際にそれらソフトを使っての作品創りの速さ・完成度は人によって雲泥の差があることにだ。

 その事情はやがて知った。40人弱居る受講生のうちの半数以上は、通学もしくは独学でWebのノウハウをすでに習得していたのである。そういう輩は、基礎から教わる学校に通う必要など本来ならばない。にもかかわらず彼らは業界への就職がなかなか叶わないがゆえ、カンをにぶらせないためとヒマつぶし込みでとりあえずWebスクールに顔を出している。という事情を…。

 そうすれば月10万円の給付金という名の(彼らにとっては)小遣いも貰える。 自分と同じで一からWebを学んでいるEさんは、そのことについて、帰りの途上や立ち寄った赤提灯でよく怒りをぶちまけていた。「○○の野郎、まったくムカつきますよ!」…。セミプロ気取りの連中には、自身の技術を鼻にかけて初心者を見下す奴もいたのだ。

 未だにあの半年は我ながらよくやったと思う。Photoshop(フォトショップ)やIllustrator(イラストレーター)は紙のレイアウトにも必須のソフトなので余計熱心に取り組めた。作品も良いものが創れたとの自負がある。

 一方でDreamweaver(ドリームウェーバー)やFlash(フラッシュ)になじめなかったのも事実だ。元々、自分は情報を紙やラジオから得る傾向がある。常にネットにアクセスしそれらホームページのデザインに着目するタイプではない。ネットは、アニメオタクのニートが自室に籠りきって憶測と恣意に満ちたいい加減な情報をお手軽に得るお気楽な愛玩物…。そんな見方をどうしてもしてしまい紙派の自分はどこかで敵視していた。それは今も変わらない。

 Flashの受講中にはあの東日本大震災もあった。Webに違和を覚えつつもなんとかしがみついていた“やる気の糸”はそこでぷちんと切れてしまった。震災の余波で学級は閉鎖。急に毎日に空白ができた。その期間中に習得に遅れを感じていたソフトをおさらいすれば良かったのだ。

 しかし自分は何もしなかった。「このまま学校に通い続け無事卒業したとして、果たして俺は本当にWebデザイナーになどなれるのだろうか?」「いや。そもそも俺は本当にデザインの仕事に向いているのだろうか?」。酒を呑みながらそんな自問自答を毎晩繰り返していた。(つづく)

 2014年9月27日・土曜。仕事休みを利用し近場の岩盤浴「きらく」で汗を流しリフレッシュ。その足で「日高屋」に寄り独酌。酒は瓶ビール2本。つまみは、冷奴・ねぎ和えやきとり・カタヤキソバ。締めて1,810円なり。

 今日のお題は“十年回顧 その3”にする。
posted by 彦左小路郎 at 15:57| Comment(0) | 物書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月29日

十年回顧 その2

 手元に一枚のチラシがある。2010年11月から翌2011年4月まで通った某Web(ウェブ)スクールの受講生募集チラシである。掲載されている謳い文句をざっと挙げてみる。

 「受講料無料 就職に強いWeb(ウェブ)業界へ!」・「最新スキルが学べるWebデザイナー養成科」・「HTMLやCSSの基本から学び、Illustrator(イラストレーター)/Photoshop(フォトショップ)/Dreamweaver(ドリームウェーバー)/Flash(フラッシュ)など実践で活用できるソフトを習得します。企業の即戦力になれる人材の育成を目的としております」・「Web業界は不況にも強い!」「就職率が低い今だからこそ将来性のあるWeb業界で働こう」・「Web業界は一般事務の求人倍率と比較すると約9倍!」。…。

 『就職に強い』…。『不況にも強い』…。『将来のある』…。なんとも蠱惑的な文言がこれでもかと羅列されている。

 それらの惹句に惹かれたのも確かである。自分は出版社でしかまともに働いたことがない。右も左もわからない分野でいちから苦労するくらいなら、多少なりとも業界経験のある世界に再就職したい。そう感じてはいたのは認める。

 しかし、自分は、DreamweaverやFlashといったWeb専用のソフトはおろか紙媒体レイアウトに必須のIllustratorもPhotoshopもまったくふれたことのない門外漢だったのだ。

 自信を持って断言するが、そもそも編集者の役割というのは、優れたライターやフォトグラファー・デザイナーの潜在能力を引き出し掛け合わせ銭の取れる媒体を創り上げることである。自らが記事を書いたり写真を撮ったり割り付けをしながらこなせるた易い仕事ではない。そんな思いは当時から薄々抱いていた。だから、写真はフォトグラファーを信頼し、割り付けはデザイナーを信頼していた。彼らに丸投げし自身で撮ろう・引こうとは一切しなかった。そんな自分がどうしてWebスクールなどに…。 

 今なってみてわかる。先細りする一方の紙媒体への先行きの不安はあった。だが、それ以上に、Webスクール応募は一種の現実逃避だったのだ、と…。半年の通学期間中は、諸条件を満たせば国から月10万円の給付金が交付されるのだ。外で酒を呑むことを控え贅沢させしなければ、その10万と自身のわずかな貯えでとりあえず半年は生活に困らない。そうやってWebの勉強に専念することで、自分が抱え置かれたヘビーな現実から必死になって目をそらそうとしていたのだ。

 Web云々など所詮後付けである。半年後の明確の目標などなんにも持っていなかった。そして、そのツケはやはり当然半年後に回ってきたのである…。(つづく)

 2014年9月26日・金曜。勤め帰りに新富町「駒忠」にて独酌。酒はトリスハイ×2・菊正宗生貯蔵酒。つまみは、ぶり刺し・つぶ貝刺し・イカ丸焼き。お通しはかまぼこで3,120円なり。呑み足らない気がしたので、地元みすほ台駅到着後に西口「日高屋」に立ち寄る。レモンサワーとおつまみ唐揚げで締めて560円なり。

今日のお題は“十年回顧 その2”にする。
posted by 彦左小路郎 at 16:43| Comment(0) | 物書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月26日

十年回顧 その1

 2018年5月20日・日曜。勤めを終えて帰路に付く途中で駅近くのコンビニ(エンスストア)に寄り、そこで酎ハイのサンゴー(350ml)缶を買い、いつものように和光市行きの地下鉄の中で呑み干した。
 
 休日の夜遅くということもあり車内は閑散としている。座席には所どころに空きがあるが、よほど疲れがたまっていない限り座らない。乗降車口の手すりにもたれ、酎ハイを呑みつつ車内の様子を見ることなしに眺める。皆が皆、マスクをし、イヤホンをし、スマートフォンを片手に持ち、一方の手の人差し指をせわしなく動かしている。よくもまぁあれだけ熱心にあんな小さい画面を熟視できるものだと感嘆する。いったい何にあれだけ夢中になっているのだろう? ゲームなのか? それともいわゆるSNSなのか?

 まぁ、別にどうでもいい。スマホもゲームもSNSも所詮自分には無縁の代物である。興味がないから買おうと思ったことは一度もない。中には、仕事で必要なのだからと携帯している人もいるだろう。が、そもそも、そんなものが必要になるような仕事に就く気も自分には一切ない。人生の折り返し点はとぉに過ぎたのだ。極力したいことだけをして生きてゆきたいと思う。

 いや、厳密に書けば、もう死んでいるのだ、自分は…。

 10年前の5月20日・火曜。自分はナイタイ出版株式会社を辞め、キャバクラ専門誌「ベストクラブ」の編集から手を退いた。給料の遅配に未払いが重なり、このままでは生活に支障をきたすからと辞表を提出したのだ。その後にどんな艱難辛苦が待ち受けているかも知らずに…。ちなみに、「ベストクラブ」は同年2008年12月に休刊(廃刊)し、ナイタイは翌09年7月に倒産した。

 雇用保険の受給期間中、自分は、Windowsパソコンの操作に慣れるためとOfficeの技術を習得するために3ヵ月間職業訓練校に通った。正式な社会復帰は翌2009年の6月。ナイタイ時代の先輩であり生涯の恩人でもある飛鳥 翔氏の薦めで、氏が常務取締役を務める出版社の刊行物・アダルトDVD専門誌「AV FREAK」に専属ライターとして参加が決まったのだ。

 その出版社には翌2010年8月まで籍を置いた。自分の意思で辞めたのではない。なんとそこも、業績不振による経営悪化により倒産してしまったのだ。当然「AV FREAK」も休刊(廃刊)。自分は再び浪人生活を余儀なくされる。忘れもしない8月25日のことである。

 途方に暮れた、そして考えた。キャバクラ専門誌も潰れた、AV専門誌も潰れた。周囲を見るとどこの出版社も刊行物が売れず苦境に陥り喘いでいる。もう紙媒体は駄目なのではないか? これからは…いや、もはや、もうWebの時代なのではないか? と…。

 痛感する、自分の人生の分かれ道はまさにそこだったのだ。本当にやりたいことも見つからず、己の資質も見極めずに、ただ時流に迎合するがごとく、職安の担当者に斡旋されるがままに、Webデザイナー養成を目的とする専門学校の6か月コースに自分は応募してしまったのだ。(つづく)

 2014年9月24日・水曜。勤め帰りに、地元みずほ台駅西口の「日高屋」で独酌。酒は、ホッピーセットの中いちおか(わり)・レモンサワー。つまみは餃子・ねぎ和えやきとり・野菜炒め。締めて1,630円なり。

今日のお題は“10年回顧 その1”にする。
posted by 彦左小路郎 at 20:29| Comment(0) | 物書き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする